核融合ベンチャーその4:Commonwealth Fusion System

今、核融合ベンチャーの中で一番熱いのがCommonwealth Fusion Systems (CFS) じゃないでしょうか。このベンチャーは、MITのPlasma Science and Fusion Centerが立ち上げたのですが、その経緯をAlcator C-Mod(アルカトール・シー・モド)のシャットダウンまで遡って説明したいと思います。

Alcator C-modの話

Alcator C-ModはMITにあった中型のトカマク装置なのですが、磁場が他の装置と比べものにならないくらい強いということで、とても変わった実験成果を挙げていました。他の装置で検証できないような結果もたくさんありますが、素晴らしい成果をたくさん挙げています。それなのに、この装置はシャットダウンされることになります。2006年のITER協定署名以降、ITER関連で多くの予算が必要になった結果、米国内のITER以外の核融合予算が減っていきました。その影響はAlcator C-modにもおよび、2013年にシャットダウンすることが決まります。ただ、2013年以降にも実験を再開したり、再開したものの優秀なエンジニアがいなくって困っているらしいとか、やっぱりまたシャットダウンするらしいとか、常に噂が流れて不安定な状況が続きます。そのころのMITは、『学生の教育のためにAlcator C-Modは必要だ!』という運動を盛んに行っていました。うる覚えですが、学生主導で署名サイトのようなものが立ち上げられていた気がします。そういう状況の中で、MITが「学生が新しい超電導材を使って画期的な炉設計をしたぞ」とプレス発表をします。炉設計というのはまだ絵に描いた餅なので、当時は「なぜ炉設計ぐらいでプラス発表するの???」という感じでした。炉の名前はアイアンマンのARCでふざけているし、学会誌がFusion Engineering and Designという敷居の低い学会誌だし。。。おそらくプレス発表としては「学生が」というところを強調したくて、「こんな素晴らしい教育機関の実験装置をシャットダウンするなんてバカなことは止めてよね」というメッセージなのかなぁと思って記事を読んでいました。ちなみに、その学生の炉設計はこの論文です(arXivにも論文あり)。まぁ、そんなこんながあったものの、結局Alcator C-modはシャットダウンします。

ARCの特徴

そして2018年にCommonwealth Fusion Systemsが創業され、「学生が設計したというあのARCを作るぞ」と言って登場するわけです。上述の通り、ARCのプレス発表はAlcator C-Mod延命戦略の一貫だと私は思っていたので、「ベンチャーを立ち上げるなんて、ARCの設計は本気だったのかぁ」ととても驚きました。それにしても、『国からの予算がもらえないなら、投資マネーを集めて自分たちで研究を続けるぜ』ってのは素晴らしいですよね。もちろんTAEやGeneral Fusionが市場を開拓してくれていたというのもあるのでしょうが、それにしても素晴らしいです。このARCの特徴は以下の通りです。

  • 強磁場
  • I-mode
  • 分解可能
  • 内部鎖交コイル
  • 溶融塩ブランケット

ARCはプラズマの中心で9.2 Tもあります。強磁場ですね〜、MIT魂をつよく感じます。ITERだと5.3 Tですし、現役の最大の装置JETでは3.45 T、今日本で作っているJT-60SAでは2.25 Tです。先ほど述べた、他に類を見ないほど強磁場だといったAlcator C-Modでも7 Tです。ARCでは9.2 Tですから、めちゃくちゃ強力です。この強力な磁場を可能にしているのが、 REBCO超伝導体です。WikipediaによるとREBCO線材は2009年から流通しだしたということなので、新しい線材です。ITERの基本設計をしていた頃に、この線材があったらITERの設計もだいぶ変わっていたかもしれませんね。

そして、2番目の特徴のI-modeですが、これはAlcator C-Modで見つかったプラズマの閉じ込め状態です。ここでもMIT魂を感じますね。L-modeとH-modeの話は、Tokamak Energyのblogで話を超簡単にしましたので、気になるひとはそちらを見てみてください。このI-modeというのは、L-modeのようにELMはない(壁への負荷が低い)のに、H-modeのようにエネルギー閉じ込め効率が高い(なんだったらH-modeよりも高効率)というプラズマの状態です。I-modeになるには、高磁場であることが条件のようで、他の装置で再現できているのかが分からないのですが、ARCはこのI-modeを採用しています(私が知らないだけで、再現できているかもしれません)。

3番目と4番目は同じようなことなのですが、このARCは磁場コイルから真空容器まで、分解可能で部品を交換して再組み立てできる設計になっています。下に論文のgraphical abstractの図を載せました。オレンジ色でDの形をしたコイルが半割りになっていて、真空容器を取り出せるようになっています。これは画期的なことで、ITERや従来の原型炉の設計ではそういったことができません。Dの形をしたコイルはトロイダル磁場コイルと呼ばれる超重要なコイルなのですが、このコイルは真空容器を壊さないかぎり取り出せません。なので、ITERではものすごいR&Dを重ねて、コイルの信頼性を確認して設計を進めてきました。ARCのようにあとで分解して修正できるとなると、開発はかなり楽になるとおもいます。いくらでもトライ・アンド・エラーができますからね。

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そして、分解可能だからこそ、ARCではトロイダル磁場コイルと鎖交するように、色々なコイルを設置できています。ITERや原型炉ではそんなことできないので、トロイダルコイルの外側にPFコイルというのをおきます。こうすると、プラズマとPFコイルとの距離ができてしまうので、PFコイルを強力なものにしないとプラズマを制御できないのです。下の図をみてください、ARCではトロイダル磁場コイルと鎖交するように内部にPFコイルを配置できるので、プラズマの近くにコンパクトなPFコイルを設置しています。これが本当に作れれば、かなり経済的な炉になると思います。

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そして、最後の溶融塩ブランケットについてです。ARCでは真空容器を二重壁にして、二重壁の間を液体金属である溶融塩で満たします。溶融塩の中にはリチウムが入っていて、核融合反応で生じた中性子をリチウムにあてることでトリチウムを生成して燃料増幅を実現します。もちろん、中性子を受け止めることによって核融合で発生した熱の回収もできます。また、溶融塩は冷媒の役目もあって、真空容器を冷却しています。ITERや原型炉の設計では、ブランケットという交換可能なモジュールを数百個用意して、これを真空容器の内側に設置します。真空容器はけっして壊れないように気をつけて一生使い続け(なにせ分解できませんから)、ブランケットだけを数年ごとに交換していきます。ARCではそんなことしないで、溶融塩で真空容器が腐食してしまっても、数年で交換してしまえば問題ないと考えているようです。ITERの場合、真空容器はかなり大きくて、地震やディスラプションに耐えられるようにゴツく作ってあります。それに、ITERでは冷却水が40気圧もあるので、それに耐えるためにも作りがゴツイです。ARCでは、そこまで真空容器の設計をちゃんとしていないとは思いますが、かなりペラペラな作りに見えます。だから、交換してもそんな大したコストでないと考えているのだと思います。

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ARCの疑問点

核融合反応は、プラズマのサイズが大きい方が実現しやすいのですが、ARCはコンパクトなんです。これって、とても不思議なことです。プラズマの性能(どれだけ核融合炉に近づいているか)を考えるときに、ローソン図というのを使います。ARCの性能をローソン図で見てみましょう。下の図はwikipediaに載っていたローソン図で、縦軸が密度n、エネルギー閉じ込め時間τ、温度Tという三つのパラメータの三重積nτTで、横軸が温度Tです。JT-60UとJETという装置はQ=1というライン上にのっていますので、『加熱のために入力したエネルギーと同程度の核融合反応を引き起こすことに成功している』というのがわかります。ITERはQ=1よりは上側にきていて、あとちょっとでreactor conditionに届きそうです。さて、ARCのパラメータは論文によるとn=1.3x1020 m-3、τ=0.64 s、T=14 keVなので、三重積nτTが11.6x1020 (m-3s keV)です。ローソン図に重ねてみるとITERよりもJETに近い状態です。どうして、ARCが「小型なのにITER並みの性能がある!」と報道されているのか分からないです。

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ARCがコンパクトなのが不思議だと言いました。それはなぜかと言いますと、三重積のnτTを大きくするために、通常の原型炉は装置を大きくすることによって、τを大きくしているからです。装置が小さい原型炉というのは、かなり夢のまた夢の話のはずなんです。ARCがコンパクトなのは、『MIT方式の超強磁場方式によって、τが大きくなったのかな』とも思ったのですが、論文を読むとARCのエネルギー閉じ込め時間τは0.64 sなんです。これは、個人的には期待はずれでした。ITERは3.7 sもあって、現状の装置にくらべてメチャクチャ長いのですが、ARCは現状の実験装置程度なんです。密度も普通ですし。。。核融合炉では、『核融合反応で発生したエネルギーでプラズマ自身を加熱する自己加熱』というのをさせたいのですが、ARCではほとんど自己加熱できないんじゃないですかねぇ。これでは原型炉とは呼べないと思います。ARCは原型炉ではなくて、「コンパクトながらもJETを少し発展させたプラズマを作れる装置」と思えば、不思議ではなくなりますね。

Commonwealth Fusion Systemsの疑問点

CFSは、この前「REBCO製のD形のコイルで超強力な磁場生成に成功したぜ!」ってプレス発表をしました。この「D形形状で強磁場を発生させる」って、とても大変なことなんです(下手に作ると、コイルがフープ力でぶっ壊れます)。だから本当に凄いなとは思うのですが、発表の写真みると分割可能なコイルになっていないんですよ。上で述べたようにARCの特徴って分解可能ってところがかなりのウェイトを占めているので、分解可能なコイルを実証して欲しいですよね。コイルの製作に成功したので、2021年からSPARCという装置を作って技術検証し、2025年からいよいよARCを作り始めるようなのですが、このSPARCも分解可能ではないんですよ。。。どこで『分解可能かどうかの検証』をするのでしょうか。SPARCって、ただ磁場が強いだけのトカマクという感じでARCとはだいぶギャップがある(2025年は厳しい)と思うのは私だけでしょうか。ARCの真空容器とか、溶融塩中に浮いているコイルとか、ちゃんと設計するとかなり難しいと思う。数年で設計できるのかなぁ。。。