核融合ベンチャーその3:Tokamak Energy

核融合ベンチャー企業3社目は、イギリスのTokamak Energy社です。これまでに紹介した、TAE社、General Fusion社の後にはいくつかのベンチャー企業が立ち上がるのですが、その中で成果を挙げている企業(というか、資金を集められている企業)となるとTokamak Energy社だと思います。

Tokamak Energy社は、球状トカマクという方式の核融合炉を目指しており、TAE社、General Fusion社と比べるとかなり王道寄りの方式を採用しています。王道はトカマク方式です。球状トカマクはそのトカマクの一種なのですが、原型炉・商業炉を目指すと工学的に厳しい問題がたくさんあるので、核融合研究の王道にはなっていないです。球状トカマクの一般的な問題は最後で述べるとし、まずはTokamak Energy社に関する現状と疑問点をまとめてみます。

Tokamak Energy社は、現在ST40という装置で実験をしています。この装置を一言で言ってしまうと『STARTという球状トカマク装置の強磁場版』です。STARTというのは1990年代のUKAEA(英国原子力研究所)の装置で、磁場圧力で規格化した熱圧力(いわゆるベータ値)がトカマク装置の3倍以上も高いという驚異的な結果を叩き出しました。それで、これは凄いということで、UKAEAはSTARTをアップグレードしてMASTという装置を作り、PPPL(米国プリストン大学プラズマ研究所)はNSTXという装置を作ります。その後、MASTはMAST Upgradeに、NSTXはNSTX-Uへとアップグレードしていきます。つまり、球状トカマクというのはずっと研究が続いていて今は第3世代なのですが、Toakamk Energy社はまだ球状トカマク第1世代のSTART規模という状態です。それなのに、こんなに注目を得ているというのは不思議でならないです。

彼らの成果で学術誌にちゃんと発表されている最新のものは、2019年のPlasma Physics and Controlled Fusionの論文(On the confinement modeling of a high field spherical tokamak ST40)だと思います。それを見ると、ST40はまだL-modeプラズマという『エネルギー閉じ込め性能があまりよくないプラズマ』しか生成できていないです。L-modeプラズマで核融合炉を作ると装置が大きくなってしまうので、トカマクの人たちはH-modeプラズマという『エネルギー閉じ込め性能が高いプラズマ』で核融合炉を作ろうとしています。しかし、H-modeプラズマは、ディスラプションというプラズマが突然崩壊する現象が起きます。ディスラプションが発生すると、大きな電磁力が炉心にかかり炉心が壊れてしまう恐れがあるので、核融合炉ではディスラプションを1発でも起こしてはならないのです。ただ、それがとても難問なのです(現在、世界中で研究者が研究中です)。また、H-modeプラズマでは、ELM(エルム)と呼ばれる現象が発生し、トカマク周辺部のプラズマが間欠的に外に吐き出されます。エルムがあると、トカマク内の不純物を吐き出せるというメリットがある一方で、炉壁に大きな熱負荷が生じるという大きなデメリットがあります。なので、エルムの強度や発生周期を制御しながら、H-modeプラズマを維持したいのですが、その制御方法というのは今世界中で研究中で、いくつかの案はあるもののまだ決定打が出ていないという状況です。トカマクはこのH-modeと向き合った研究をしているのですが、Tokamak Energy社はL-modeプラズマなので最先端の研究の入り口に立っていません。今後、Tokamak Energy社の研究が進んでH-modeプラズマを相手にするかもしれませんが、そうなると既存の先行研究との違いがよく分からなくなってきます。つまり、Tokamak Energy社はH-modeプラズマの核融合炉をどのように成立させるかの道筋を見せていません。それなのに、ベンチャー企業として評価されて資金を集められているというのが不思議です。

これは、詳しい事情を全く知らない人間が推測だけで思っていることですが、Tokamak Energy社ってプラズマ合体の実験をしたいだけの装置の気がするんですよねぇ。STARTとMASTというのはプラズマ合体という変わったプラズマのつけ方をします。このプラズマ生成法を推しているのが、STARTの立ち上げに貢献したM. Gryaznevich氏とA. Sykes氏で、彼らはTokamak Energy社のメンバーです(Gryaznevich氏は取締役員の一人です)。このプラズマ合体法は、球状トカマク第3世代のMAST Upgradeでは採用されていないんです。本当に球状トカマクの最先端の研究をしたければ、MAST Upgradeで研究をすれば良いのであって、START規模の装置に戻って研究することないと思うんですよねぇ。だから、「球状トカマクの研究をしたい」とか、「球状トカマクの核融合炉を実現したい」とかじゃなくて、「プラズマ合体法をやりたい」っというのが本音の動機じゃないのかなと思うのです(あくまで個人的な推測です)。

プラズマ合体法を使うと、トカマク生成直後にそれなりに高温のプラズマが出来ます。Tokamak Energy社のホームページをみると、『2021年のアメリ物理学会でST40が球状トカマクの分野では最高となる温度を達成したことを発表した』とありますので、数keVぐらい出したのかもしれません。それはとても良いのですが、その高温のプラズマをどうやって維持するのかが難しいところなので、「最大瞬間風速ですごい値出しました」というのは、やはり原型炉のことまで考えていない1990年代の研究っぽいなぁという気がしてしまいます。

A.Sykes氏が2000年代に「L-modeで核融合炉を作れば良いじゃないか」と言っていたのを聞いたことがあります。L-modeの問題は炉が大きくなってしまうことなのですが、球状トカマクならベータ値が高いのでL-modeでも炉がそこまで大きくならないだろうし、何よりディスラプションが無いのが良いという主張でした。ここからはまたまた推測でしかないのですが、『Tokamak Energy社にはA. Sykes氏が絡んでいる』ということと、上述のように『同社は、H-modeプラズマをどのように制御して核融合炉を実現させるかを明示していない』ということを考慮すると、Tokamak Energy社はL-modeの球状トカマク核融合炉を目指しているのかもしれませんね。(あくまで個人的な推測です。根拠薄弱でございます。)

トカマクも球状トカマクも、プラズマはドーナッツの形状(トーラス形状)をしています。球状トカマクでは、ドーナッツの穴の部分がとっても狭いです。そのため、「中性子遮蔽・エネルギー回収・トリチウム増殖」という重要な機能をはたすブランケットという部品を設置するスペースがないのです。何か画期的なブランケットのアイディアが必要です。また、球状トカマクはトカマクにくらべてコンパクトな炉になる(材料費がかからない炉になる)という主張がありますが、コンパクトになると単位面積あたりの受熱量が高くなるので、熱構造的には設計がむずかしくなります。Tokamak Energy社が、L-modeプラズマを想定しているのか、H-modeプラズマを想定しているのかはわかりませんが、いずれにしても『球状トカマクに対してブランケットをどう配置し、どう保守するのか、また熱構造的な成立性をどう考えているのか』をちゃんと発表して欲しいと思います。核融合研究者の目から鱗が落ちるような炉設計があれば、それは球状トカマクだけの話ではなくて核融合業界全体としての福音になるはずです。